かつて昔の日本では、大自然はそれ自体が神であり、その恵みと御力によって自分たちが生かされていることを知っていました。その神々を祀り、感謝から奉納(まつりおさめる)し、祭りで伺いをたて、政(まつりごと)の指針となっていました。これらのことばがすべて「まつり」なのは偶然ではないでしょう。
われわれはいつの間にか、とくにアメリカ的合理主義や個人主義に感染され、人間として最も大事な種類の感性を失ってきました。多くの自然を文明の犠牲にして個人の利益に盲目となって地上を穢すことで、どこにでもあった小さな聖域パワースポットを消滅させ、とうとう大災害から日本を守るエネルギーも底を着かせてしまいました。それどころか、快適な生活や経済利益のためにスプーン一杯で2千万人を死に至らしめるプルトニウム(語源のプルトンは地獄の王)に魂を売って、未来永劫地球を穢してしまいました。
「地球が静止する日」という映画を見ました。「人間」から「地球」を守るためやってきた宇宙人の話です。今、見えないところで何が本当に起きているか、少しでも感じとれる方にはゾッとするほどリアルなお話ではないでしょうか。それでも人類愛から、「最後まで」人間を信じたいという思いがあるのも当然でしょう。
何十年も続いている悲鳴のような自然からの警告が、少しでも聞こえるように人類が進化してほしいという切なる思いをこの絵に込めました。
感謝合掌。
